3.1 動態モデルの意義
思想工学は、思想を静的な体系や観念の集合としてではなく、生成・循環・自己更新する動態的構造として理解する。ここでいう「動態」とは、思想が常に問いを生成し、誤謬を経由し、沈黙を抱え込みながら再び変容していく過程そのものである。
本章では、この動態を記述する三つの代表的モデルを提示する。すなわち、SEEDモデル、DSSSモデル、RQUモデルである。
3.2 SEEDモデル(誤謬駆動型自己更新)
SEEDモデルは Structuring – Engaging – Erring – Developing の四段階循環から成る。
(1) Structuring(構造化) 既存の前提や枠組みを仮設的に設定し、思考の場を立ち上げる段階。
(2) Engaging(関与) その構造に対して実際に問いを立て、概念操作や実践的応答を試みる段階。
(3) Erring(誤謬化) 問いや実践の中で構造の破綻や誤謬が露呈し、現行の枠組みが限界を迎える段階。ここで重要なのは、誤謬が単なる失敗ではなく、構造を更新する「生成的契機」となる点である。
(4) 創発(Developing / Emergence) 誤謬を契機として、前提・関係性・主体・結節点が再編成され、新しい思考構造が創発する段階。この展開は固定的な設計ではなく、次の循環へと移行するための暫定的かつ開かれた構造を意味する。
この循環によって思想は停滞せず、誤謬を糧にしながら自己更新を繰り返す。SEEDモデルは、単に失敗から学ぶという実践論に留まらない。それは、例えば科学哲学におけるポパーの反証主義が「偽」の発見を重視しつつも、その後の創造的飛躍のメカニズムを主題化しなかったのに対し、思想工学が「誤謬の設計化」という原理によって、その創造的プロセス自体を工学的対象とする点に独自性がある。
3.3 DSSSモデル(De-Structural Structure Schema)
DSSSモデルは、思想構造が「問い」を契機として動態的に再編成されるプロセスを説明するものである。SEEDモデルが誤謬によって更新が「いつ」起こるかを明らかにするのに対し、DSSSはその更新が「どのように」生じるかを解き明かす。
DSSSの主な特徴は次の三点に要約される。
(1) 非固定の形式(No Fixed Form) 思考や認識の枠組みは固定的なものではなく、状況や問いに応じてその都度再設計される。DSSSは「最適な形式は常に暫定的である」という前提に立脚する。
(2) 問い駆動による変容(Question-Driven Reshaping) 問いは単なる情報要求ではなく、思考構造全体を揺さぶり、知のネットワークを再配線する契機となる。PRENの各要素に働きかけ、前提(P)、関係性(R)、主体(E)、結節点(N)を連動的に書き換える力を持つ。
(3) 自己変容の可能性の内在 DSSSは思考の仕組みそのものが「私は変化しうる」という前提を内包していることを示す。すなわち、自己の構造が閉じた安定系ではなく、問いによって自己を組み替える可塑的存在であることを強調する。
この「問いによる構造の再配線」というDSSSモデルの機能を、PRENモデルを用いて実演する。例えば「なぜ私は傷つくことを恐れるのか?」という問いがDSSSを起動するプロセスは、以下のように記述できる。
【問い以前の構造:PREN_v1】
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P (前提): 「他者からの承認が、私の価値の源泉である」
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R (関係性): 「傷つくこと = 承認の喪失であり、価値の毀損である」
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E (主体): 「他者の評価に依存し、承認を求める私」
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N (結節点): 「他者との一体感の中に自己を見出す」
【問いによる再配線プロセス】 「なぜ?」という問いは、まず前提(P)の自明性を揺るがす。その結果、関係性(R)の定義が変わり、主体(E)のあり方が問い直され、新たな結節点(N)の可能性が開かれる。
【問い以後の構造:PREN_v2】
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P' (前提): 「私の価値は、他者の承認とは独立に、内的に確立されうる」
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R' (関係性): 「傷つくこと = 自己の境界線を再認識し、自律性を育む機会である」
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E' (主体): 「他者との健全な距離を保ち、自律性を模索する私」
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N' (結節点): 「自己肯定という、新たな内的基盤」
このように、DSSSモデルは、一つの問いが知的インフラストラクチャー全体をいかにして再設計しうるかを、構造的に解明するための強力な分析ツールとなる。
3.4 RQUモデル(再帰的問いユニット)
RQUモデルは、思想が内在的に問いを生み出し、自己循環的に発展していく最小ユニットを定義する。
(1) Question(問い) 思考の起点となる基礎的疑問。
(2) Re-structuring(再構成) 問いに応じて、既存の前提や関係性が再編成される。
(3) Re-questioning(再問い) 再構成の結果、新たな問いが必然的に生じる。
この三段階が循環し、思想は固定化せず、自己駆動的に深化していく。RQUは個人の思索プロセスや学習プロセスの分析に特に有効であり、思想工学における「最小動態単位」と位置づけられる。
3.5 三モデルの相補性
SEED、DSSS、RQUは、それぞれ異なるスケールと焦点を持ちながら、思想生成の動態を多面的に記述する。三者は独立して用いることも可能だが、思想工学の実践においては互いに補完し合う。誤謬(SEED)が新たな問い(DSSS, RQU)を生み、問いが構造の展開を促すという循環的相互作用こそ、思想工学の動態性の本質を示している。
この三者の関係を、思考という生命体のメタファーで捉えることができるかもしれない。
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RQUモデルは、その生命体の「細胞呼吸」である。意識されることなく、しかし絶えず内在的な問いを生成し続ける、生命維持のための最小単位の活動だ。
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DSSSモデルは、環境からの刺激(問い)に応じて、その生命体が自らの身体を変形させる「適応能力」に相当する。
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そしてSEEDモデルは、致死的な危機(誤謬)に直面した際に、全く新しい形態へと自らを飛躍させる「進化的跳躍」のプロセスを記述するのである。