思想工学ブログ

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個人の弱さに見せかける仕組み

"掴まず、抗わず、流れとともに"  第125話


燃え尽きる。
意味が崩れる。
限界が来る。

ここまで来ると、人は二択に追い込まれます。

社会が悪い。会社が悪い。だから戦う。
自分が悪い。自分が弱い。だから鍛え直す。

第125話では、後者がなぜあまりにも自然に選ばれてしまうのかを扱います。
なぜ「設計の問題」が「あなたの問題」にすり替わるのか。
そして、なぜそのすり替えが、驚くほど強力に働くのか。

結論を先に言います。

これは性格の問題ではない。
そう見えるように作られた仕組みがある。

自己責任化は、最も安い統治技術

組織が人を動かす方法は、古典的には外からの命令でした。
しかし命令はコストがかかる。反発も生む。監視も必要になる。

そこで現代的なやり方が選ばれます。

人に「自分で自分を動かさせる」。

つまり、外部の上司ではなく、内部の上司を育てる。
自分の中に管理者を住まわせる。

これが自己責任化の核です。

仕事が回らないのは、自分の段取りが悪いから
成果が出ないのは、自分の努力が足りないから
しんどいのは、自分のメンタルが弱いから

こうして原因が内側に固定されると、組織はほとんど何もしなくても人が動き続けます。
人は自分を叱り、自分を追い立て、自分で長時間化します。

自己責任化は、最も低コストで強力な「自動運転」なのです。

すり替えは三段階で起きる

意味が崩れたあと、人はすぐ自己責任へ落ちます。
この落下には、決まった段階があります。

1段階目 言葉が変わる

環境や構造の問題が、個人の能力語彙に翻訳されます。

人手不足
ではなく
自分の生産性が低い

業務設計が破綻している
ではなく
自分の段取りが悪い

評価基準が歪んでいる
ではなく
自分の実力が足りない

この翻訳が起きた時点で、問題の位置がズレます。
ズレると、解決策もズレます。

2段階目 数値が道徳になる

次に起きるのは、測定の道徳化です。

売上
稼働率
返信速度
処理件数
納期遵守
評価ランク

本来は運用の指標にすぎないものが、人格の点数になります。
点数が低いことが、悪になる。

すると、仕事は業務ではなく贖罪になります。
遅れを取り戻す。評価を戻す。信用を戻す。自分を戻す。
この「戻す」が、終わりなく続く。

3段階目 感情が証拠にされる

最後に、心の状態が「自分が悪い証拠」にされます。

しんどい
焦る
不安
怖い
逃げたい

これらは本来、システム異常を知らせるアラームです。
しかし自己責任化が完成すると、アラームはこう解釈される。

こんなことでしんどい自分は弱い
耐えられない自分が悪い
情けない

アラームが自己攻撃に変わる。
これがもっとも危険です。

なぜ人は戦わずに自分を責めるのか

ここで不思議な点があります。
構造が原因なら、構造に怒ってもいい。
なのに多くの人は、怒りより先に自己否定に落ちる。

理由は単純です。

自分を責めたほうが、世界が説明できるから。

環境が理不尽で、評価が歪んで、努力が報われない。
この世界は不安定です。説明不能です。立っていられない。

だから人は、説明可能な物語に飛びつく。

自分が未熟だった
自分がもっと頑張ればよかった
自分が変わればなんとかなる

これは希望の形をした檻です。
自分に原因を置けば、コントロールできる気がする。
しかし実際には、コントロール不可能な部分まで背負わされる。

第123話で言った「理想と現実の差」は、ここで凶器になります。
差を埋められない現実を、差を埋められない自分の罪として扱い始めるからです。

改造の完成形 内面化された経営者

第121話で言った「改造」は、努力ではなく価値観の改変でした。
第125話で言う自己責任化は、その改造の完成形です。

仕事が人生の中心になる
能力が存在価値になる
感情が商品になる

この三点セットが揃うと、人は自分をこう扱い始めます。

自分という人的資本を、どう運用すべきか
自分という商品価値を、どう最大化すべきか
自分という企業を、どう成長させるべきか

つまり、自分が自分の雇い主になる。
休むことはコスト。揺らぐことは損失。余白は無駄。

ここまで来ると、バーンアウトは「疲れ」ではなく「破綻」です。
経営が破綻するように、自己運用が破綻する。

罠は二重になっている

さらに厄介なのは、自己責任化が二重の罠になっていることです。

1つ目の罠
自分を責めることで、構造の問題が見えなくなる

2つ目の罠
構造を責めることで、抗いが増えてさらに消耗する

つまり、自己責任でも、対外闘争でも、消耗ルートに入る。
ここで必要なのが、このシリーズの主題です。

掴まず、抗わず、流れとともに。

掴まないとは、仕事に価値を固定して握りしめないこと。
抗わないとは、正しさで殴り返さないこと、自分を殴らないこと。
流れとは、価値の置き場所を移し、設計を変えること。

戦って勝ち取るのではない。
内側の自動運転を解除するために、配置を変える。

自己責任から抜ける第一の言い換え

脱改造の入口として、最小の言い換えを置きます。

これは私の弱さではない。
設計と自分の相性の問題だ。

相性と言うと、軽く聞こえるかもしれません。
しかしここで言う相性は、構造の一致不一致です。

評価が人格を殴る設計になっている
緊急が常態化する設計になっている
意欲と献身を前提にする設計になっている
感情を商品化する設計になっている

そこに「あなたの努力」を投入し続ければ、いつか断線します。
断線したのは、あなたの弱さではない。
断線するように電流を流し続けた結果です。

この言い換えができると、次が見えてきます。
努力を増やすのではなく、設計のレバーを触るという発想です。

そして次回、第126話で扱うのが、そのレバーを「商品」として売る市場の話です。