"掴まず、抗わず、流れとともに" 第7話
🌑 静けさは「勝ち取る」ものではない
多くの人は、心の静けさを「努力して得るもの」だと思っています。
マインドフルネスを実践し、瞑想を習慣化し、ストレスをコントロールする。
けれど、本当の静けさは、そんなふうに“作る”ものではありません。
それは、抗いが尽きたあとに自然と訪れるものです。
戦い終えた海のように、波が静まるとき。
その静けさは、勝ち取った成果ではなく、
ただ「もう抵抗する力がなくなった」場所に生まれます。
🌊 無理に止めようとしない
心の波を無理に止めようとすると、かえって波は荒れます。
「落ち着こう」「考えるのをやめよう」と意識するたびに、
心は自分の動きを監視し、静けさから遠ざかってしまう。
けれど、もし波を止めようとせず、
ただ波が立っては消えるのを見ていられたらどうでしょうか。
そのとき、波は勝手に静まっていくのです。
静けさは、操作の放棄から始まります。
🌬️ 静けさは空白ではない
「静けさ」と聞くと、何もない空白のように思うかもしれません。
しかし、真の静けさは、むしろ充たされた沈黙です。
音楽で言えば、休符のようなもの。
音が途切れる瞬間にこそ、次の響きが生まれる余地がある。
私たちの心も同じです。
余白があるからこそ、他者の言葉が入る。
沈黙があるからこそ、世界の音が聴こえる。
🌱 受け入れることが、癒しになる
抵抗をやめたあとに訪れる静けさには、
不思議な癒しの力があります。
それは、「もうどうにかしよう」とする自分をやめた瞬間、
心がようやく“自分を許す”からです。
何かを変えなければいけない、
よくならなければいけない、
頑張らなければならない
そんな命令の声が静まり、ただ「いま」がある。
その瞬間、人は初めて「楽に生きる」ことを知ります。
🪶 結びに
静けさとは、努力の果てにある報酬ではなく、
抵抗の果てにある「帰還」です。
掴むことも、抗うこともやめたとき、
心はようやく流れと一体になります。
静けさとは、止まることではなく、
流れの中で休むこと。
その休息の感覚が、
これからの生をやさしく支えてくれるのです。