思想工学ブログ

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第1章 思想工学の基礎構造 - 対象と方法

1.1 思想工学の研究対象

思想工学が探求するのは、表層的な思想内容や歴史的思想家の解釈ではなく、それらを可能にしている前提構造(intellectual infrastructure)である。この前提構造は、個人の認識枠組み、社会制度の規範、文化的背景に横たわるものであり、通常は自明のものとして意識化されない。

思想工学における研究対象は次の三つに大別される。

(1) 知的インフラストラクチャー 思想や価値観を支える無意識的前提。フーコーが「エピステーメー」と呼んだ知の地平や、クーンの「パラダイム」に相当するが、思想工学はそれを記述に留めず「設計可能な構造」として扱う。

(2) 問いの構造 思想工学は「問い」を思考の生成単位とみなし、それを設計・再設計する方法論を追究する。問いは知識獲得の出発点であると同時に、誤謬・循環・沈黙を誘発する構造的契機として理解される。

(3) 非構造的根源 いかなる構造化にも先立つ「無辺源(unbounded layer)」や「問音」と呼ばれる次元。これは認識・存在・言語のいずれにも還元できない開かれである。なぜ、構造の設計を語るために、あえて「非構造」にまで遡行せねばならないのか。それは、いかなる思想構造も、自らを生成せしめた外部、すなわち構造化されえない剰余を内に抱え込んでいるからに他ならない。この根源は、例えばデリダの言う「差延(différance)」のように、構造を可能にしつつも常にその内部から逃れ続ける。思想工学は、この捉えがたい根源を神秘化したり、形而上学的な実体として祭り上げたりするのではない。むしろ、構造が絶えず参照し、そこから新たな「問い」を引き出すためのインターフェイスとして、この根源との関係性を設計的に扱うことを試みるのである。

1.2 思想工学の方法論的態度

思想工学は、既存の哲学や科学の方法論と異なる「設計的態度」を取る。その特徴は以下の通りである。

(1) 問いの構造化 思想工学は、問題解決よりも「問いの設計」に焦点を当てる。これはポパー反証主義が「仮説を誤りによって淘汰する」ことを強調したのに対し、問いそのものを構造的に生成・改変する営みである点で独自的である。

(2) 誤謬の設計化 思想工学において誤謬は単なる失敗ではなく、自己更新を促す生成的要素である。SEEDモデルにおける「Erring(誤謬化)」の段階は、構造を内破し、新たな再起定を誘発する駆動力として位置づけられる。

(3) 沈黙の保持 思想工学は、言語化されなかった問いや応答不可能性を「構造的沈黙」として積極的に扱う。これは、ヴィトゲンシュタインの言う「語りえぬもの」に対する消極的な沈黙とは一線を画す。思想工学における沈黙とは、言語化による意味の固定化を免れた、可能性のポテンシャルを秘めた積極的な余白である。SCMモデルは、この余白を意図的に確保し、思想構造が自己完結し硬直化するのを防ぐための動的なバッファーとして機能する。それは、未来の問いが生まれるための「聖域」を、思想構造の内にあらかじめ設計する営みに他ならない。

1.3 思想工学の研究プログラム

以上を踏まえ、思想工学の研究方法は次の三段階に整理できる。

第一に、思想構造の要素を定義し、構成単位(PREN、Indra-Netなど)を明確化する。 第二に、問い・誤謬・沈黙の循環を観察・モデル化し、設計原理として抽出する。 第三に、その原理を応用し、教育・制度・技術設計といった具体的領域に適用する。

この三段階のプログラムは、単なる技術的応用の手順ではない。それは、思想の前提(1.1)を問い、その運動(1.2)を捉え、そして未来(1.3)を構築するという、哲学本来の営みを「設計」という観点から再創造する試みである。かくして思想工学は、記述的哲学を超え、構造的哲学=設計可能な思想学へと接続するのである。