【前編｜問題編】昨日までの“誇り”が、突然、「時代遅れ」となる"悲哀"

私が20年間積み上げてきたスキルは、本当に“無価値”になってしまったのでしょうか？

静かなる“上書き”

20年間、手書きで紙の辞書の校正をやってきた。インクの匂い、紙の質感、一文字の重み。それが私の世界のすべてだった。若い頃は「生き字引」なんて呼ばれて、誇らしかった。

でも、もう誰も私に質問しに来ない。

若い編集者たちは、分からない言葉があれば、私ではなく、モニターの向こうのAIに尋ねる。「〇〇の類義語を5つ提案して」と彼らがキーボードを叩けば、AIは0.5秒で完璧な答えを返す。私が半日かけて書庫で探すよりも、ずっと速く、ずっと多く。

先日、会議で「先生の経験も貴重ですが、今はAIを活用して効率化しましょう」と、悪意なく言われた。その瞬間、私の20年間が、ただの“非効率なもの”として、あっけなく上書きされた音がした。

誰も私を憎んでいない。誰も私を馬鹿にしていない。ただ、時代の流れが、静かに私を“不要”な存在にしていく。

最近、書庫に一人でいると、自分がこの古い辞書たちと一緒に、誰にも読まれずに埃をかぶっていくような気がして、胸のあたりに、ぽっかりと大きな穴が空いてしまう。

この静かな痛みは、特別な誰かのものではありません。「時代の変化」という、誰にも逆らえない大きな流れの前で、自身の経験や誇りがその価値を失っていく感覚。この記事は、その虚無感を「仕方ないこと」と諦めるのではなく、それが生まれる“構造”を可視化していく試みです。

第1章：構造を見抜く：「効率性」と「経験価値」の裏表

この「誇りの失墜」の正体を探るために、FBM（Framebreak Method）の視点から、私たちが囚われている構造を分析します。そして、その構造を可視化するためのPRENモデルを適用します。

PRENモデルによる構造化

P (Preparation) 構え: 「仕事の価値は、効率性や生産性によって測られるべきだ」という、現代社会の暗黙の前提。

R (Relation) 関係: 「AIがもたらす“効率的な正解”」と「人間が持つ“時間のかかる経験知”」との間に生まれる、“価値基準”の関係性。

E (Entity) 節点: 「20年間の経験」という誇りが、尊敬されるべき資産ではなく、克服・効率化されるべき“過去の遺物”として扱われてしまう思考。

N (Nexus) 交差点: 「AIを活用して効率化しましょう」という善意の言葉が、ベテランの存在意義を静かに消し去ってしまう“冷酷な判断”として機能する。