限界点を超える方程式が導く「豊かさ」とは何か?第2回
GDPを超えて、未来を設計するための思想工学
前回の記事で、私たちはGDPが国の豊かさを測る上で多くの限界を抱えていることを確認しました。GDPだけでは、格差や環境問題、そして私たちの本当の幸福度が見えてこないのです。
この限界を乗り越えるため、世界ではGDPに代わる、あるいはそれを補完する新しい「豊かさの物差し」が次々と提唱されてきました。今回は、その中でも特に重要な3つの指標を見ていきましょう。これらは、経済成長以外の要素を豊かさとして捉えようとする、革新的な試みです。
1. 人間開発指数(HDI)
「人間らしい豊かさ」とは何か?この問いに答えるために国連開発計画(UNDP)が提唱したのが、人間開発指数(HDI)です。
GDPが「経済のパイの大きさ」を測るのに対し、HDIは「人間がどれだけ自由に、健やかに生きられるか」という視点に立っています。具体的には、以下の3つの側面から算出されます。
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長寿で健康な生活: 平均寿命
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知識: 教育年数(就学年数と期待就学年数)
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人間らしい生活水準: 一人当たりの国民総所得(GNI)
例えば、GDPは高くても、平均寿命や就学率が低い国があれば、HDIは低くなります。これにより、経済的な豊かさが国民全体に行き渡っているか、教育や医療といった人々の基盤となる部分が充実しているかを測ることができます。
2. 国民総幸福量(GNH)
GDPが生まれたのと同じ時代、ヒマラヤの小国ブータンでは、全く異なる豊かさの概念が育まれていました。それが「国民総幸福量」、GNHです。
GNHは、経済成長を追求するよりも、国民一人ひとりの幸福を追求することこそが国の目標であるという考え方に基づいています。ブータン国王が提唱したこの指標は、GDPが無視してきた精神的・文化的な豊かさを重視します。
GNHを構成する9つの領域には、「心理的な幸福」「健康」「コミュニティの活力」「文化の多様性」「環境保全」などが含まれており、国民生活を多角的に捉えようとしています。これは、GDPが持つ「モノやお金が豊かさのすべてではない」という問いに対する、ブータンからの明確な答えと言えるでしょう。
3. 地球幸福度指数(HPI)
さらに、私たちの豊かさが地球環境に与える影響を無視することはできません。そこで登場したのが、地球幸福度指数(HPI)です。
HPIは、「どれだけの幸福を、どれだけの環境負荷で生み出しているか」という視点で、豊かさを再評価します。以下の要素を掛け合わせて算出されます。
HPI = (生活満足度 × 平均寿命)÷ エコロジカル・フットプリント
この式が示すのは、単に幸福なだけでなく、その幸福が持続可能であるか、つまり未来の世代や地球全体の健康を犠牲にしていないか、という点です。高いHPIを持つ国は、少ない資源で高い幸福度を実現している国であり、これからの時代の理想的なモデルとなりえます。
指標の先にある「問い」
これら3つの指標は、GDPが描ききれなかった「豊かさ」の多面性を私たちに示してくれました。しかし、これらの指標もまた、完璧ではありません。たとえば、幸福をどうやって正確に数値化するのか、という根本的な問いは残ります。
豊かさを定義しようとする試みは、常に新しい「問い」を生み出します。そして、この「問い」こそが、この連載の核心です。
次回は、すべての指標や定義を超えて、豊かさの本質を哲学的に探求する、「"足るを知る"という逆説的な豊かさ」について深掘りしていきます。