思想工学ブログ

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第4章 表現と不可視のモジュール

4.1 表現モジュールの意義

思想工学は、思想を単に内面的に構築するだけでなく、それを外化し、可視化し、再設計可能にすることを重視する。しかし思想は必ずしも言語化や図式化によって完全に捉えられるものではない。そこには言葉にできない沈黙、断片的にしか表れない詩的響き、あるいは不可視の契機が存在する。

本章では、思想工学において思想を外部化するための主要モジュールであるSCAモデル・SCMモデル・POEMSを取り上げる。これらは、思想の構造を「記録し直す技術」と「言葉にできない余白を保持する技術」として相補的に機能する。

4.2 SCAモデル(Structural Cognitive Architecture)

SCAモデルは、思想の構造を可視化し、再設計を可能にするための認知設計モジュールである。

(1) 可視化(Visualization) 思想の前提・関係性・主体・結節点(PREN)を図式化することで、通常は意識されない構造的制約を明示化する。

(2) 外化(Externalization) 内的な思考を外部媒体(図表・マップ・記述)に落とし込むことで、第三者による共有や批判的検討を可能にする。

(3) 再設計(Re-designability) 構造が外化されることで、部分的な修正・再配線が可能となる。これは建築設計における設計図に相当するが、SCAが生成するマップは一度描いて終わりという静的なものではない。むしろ、リアルタイムで編集・共有可能なデジタルホワイトボードのように、DSSS的な問いやRQU的な循環に応じて、常にその姿を変え続ける動的な作業空間である。

SCAは、思想工学において「思想を構造として操作可能にする」第一歩であり、学問化に際して思想工学を実証的に運用する主要な手段となる。

4.3 SCMモデル(Silence Capture Module)

SCMモデルは、思想において言語化されなかったもの──沈黙・断絶・言い淀み──を意識的に記録するための補助モジュールである。

(1) 沈黙のポテンシャル化 思想の流れにおいて「言葉にならないもの」を欠落や不足として扱うのではなく、将来の問いを孕んだ潜勢力として保存する。

(2) 構造的余白の保持 SCAが構造を可視化する一方で、SCMは「可視化できないもの」を意識的に残す。これにより、思想の全体が閉じた構造に硬直化することを防ぐ。

(3) 思想のバッファー機能 SCMは「まだ語られていない問い」を保持することで、思想が自己完結的に閉じてしまうのを避ける。これは、将来のDSSS的な再配線やRQU的な再帰的問いを引き出すための触媒として機能する。具体的な実践において、SCMはSCAマップ上に特殊な記号(例:疑問符の影、波線で囲まれた領域)を用いて「語られなかったこと」の存在をマーキングしたり、あるいは議論のログとは別に「沈黙のログ」を並行して記録したりといった形で実装される。

SCMは、ヴィトゲンシュタイン「語りえぬもの」や、禅における「不立文字」に通じる理念を、設計的に取り扱うためのモジュールと位置づけられる。

4.4 POEMS(Poetic Emergent Schema)

POEMSは、思想を詩的・断章的に表現する生成モジュールである。

(1) 断章化(Fragmentation) 思想を必ずしも体系化せず、断片として提示することで、新しい連想や構造を誘発する。

(2) 詩的構文(Poetic Syntax) 並列型構文句、無起承転結型句、直観即表出型句などを用い、論理的記述では捉えられない思想の生成契機を表現する。

(3) 生成的記述(Generative Writing) POEMSは、思想工学の「記録方法論」の一部であると同時に、「新たな思想の生成装置」として機能する。SCAやSCMが分析的・保存的であるのに対し、POEMSは創発的・生成的であり、知の詩学的展開を可能にする。例えば、ある思索の過程が、POEMSによって次のような断章として出力されるかもしれない。

問いの岸辺。/言葉は濡れた砂、形を与えては崩れる。/沈黙の海から、次の波。

このような非論理的な記述は、思索の膠着状態を打破し、予期せぬ連想や洞察を誘発するための、強力な触媒として機能するのである。

4.5 表現と不可視の相補性

SCA・SCM・POEMSは、思想工学の「表現モジュール三位一体」として機能する。SCAは可視化・外化を通じて構造を操作可能にし、SCMは不可視・沈黙を保持して硬直化を防ぎ、POEMSは詩的生成を通じて新しい思考の道を切り開く。

この三者は、思想工学における「設計可能な思想」と「設計不可能な残余」とを同時に扱うためのバランスを提供する。重要なのは、この三者が単に役割分担しているのではないという点だ。むしろ、SCAによる可視化の試みが、SCMが捉えるべき沈黙を浮かび上がらせ、その沈黙の淵から、POEMSは新たな言葉の断片を汲み上げる。この三位一体の絶え間ない循環運動こそが、思想工学における知の生成エンジンなのである。